プロレスファン35年の猛者がお届けする

運営者


後楽園ホール 各団体試合結果

   


「後楽園ホールへ行こう(・∀・)b」運営者

運営者

 

職業

フィットネストレーナー

好きな団体

新日本プロレス
全日本プロレス
スターダム

昔好きだった団体

バトラーツ

好きな選手

棚橋弘至選手
橋本真也選手
アントニオ猪木選手

人生NO1

ベストバウト

1996年8月・新日本プロレス(両国国技館)
「G1クライマックス公式戦・長州力vs橋本真也」戦

人生NO2

ベストバウト

2007年11月・新日本プロレス(両国国技館)
「IWGPヘビー級選手権試合・棚橋弘至vs後藤洋央紀」戦

人生に影響を与えた試合

1983年6月2日・新日本プロレス(蔵前国技館)
「第一回IWGP優勝戦」アントニオ猪木vsハルク・ホーガン

 

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私とプロレス

私がプロレスを見始めたきっかけは祖父がテレビ朝日の「ワールドプロレスリング」で新日本プロレスを見ていたことから始まります。

 

その時の画面で躍動していた二人。一人は「アントニオ猪木」。もう一人は「ハルクホーガン」。
そう、1983年6月蔵前国技館で行われた伝説の「第一回IWGP優勝決定戦」。今の王者・オカダカズチカが巻く黄金のベルトの出発点がここにあります。

 

第一回ではベルトの存在はなく、第二回大会からタイトル化されました。なので今で言えば「G1クライマックス」の形式ですね。

 

衝撃の結末

この試合、結末があまりにも有名。エプロン立つ猪木。ロープの反動を使って必殺技・アックスボンバーを叩き込もうと猪木へ突っ込むホーガン。見事にヒットして場外に転び落ちた猪木。そのままリングに上がることなく、TKO負け。

 

立ち上がれない猪木。その口からは舌が出ており非常に危険な状態。場内は大猪木コール。勝利したホーガンも心配そうに覗き込みます。そして応急処置なのか猪木の腕に注射がうたれます。そのまま担架で病院送りに・・・。

 

 

 

こんな壮絶な一戦を目にした6才の私。後年、この試合の裏を知りひっくり返ったわけですが(笑)、インパクトは絶大。あんな試合を小さい子供が見たら釘付けに決まってます。私と同世代の方も、あの試合からプロレスファンになった人も多いでしょう。しかも生放送「金曜夜8時」という、ゴールデンタイム。影響力は絶大。

 

その身を賭して世間に訴えかけることこそが猪木劇場。その真骨頂がこのき第一回のIWGP優勝戦と言えます。。

 

 

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